SHINE A LIGHT

誰が悪いとか、そういう話じゃなくて。
ただ、運が悪かっただけとも言えなくて。
だったら何なんだ、と聞かれれば、
何も答えは見つからない。

三沢が死んだ。

でも、涙は出ないんだ。まだ受け入れられてないのか。
なんとも言えないむなしさだけが、心の中に沈んでいる。

三沢は俺の青春だった。
三沢がいなければ、プロレスを見ることはなかった
今でも、一番最初に見たジョニー・エースとの三冠戦を覚えている。

エース・クラッシャーを何発も浴びながら、何事もないように起き上がる三沢。
プロレスってすげぇなぁと心の底から思った。

三沢を生で見たのは3回。
一度目は6人タッグ。タイガードライバーは見たような気がするけど、あんまり覚えてない。
二度目は全日時代最後の三沢VS小橋。本当に凄い試合だった。
三度目はNOAHの東京ドーム。VS川田。コンディションは悪かったけど、今思えば観れて本当によかった。

テレビで見た試合は数知れず。
人は笑うかもしれんが、馬場さんが死んだ後のドームで、ベイダーとの三冠戦を制したのが、俺の中のベストバウトになっている。



さぁ、ここからが今日の本題だ。

僕は卒論のテーマをプロレス雑誌にしたが、そのあとがきでNOAHのような高度な技の応酬によるプロレスへ疑問を呈した。別にこれは僕だけが言っているわけじゃなく、プロレスファンなら一度は耳にしたことのある批判だ。

僕はNOAHが大好きだ。危険な技を見て興奮してきた人間が批判なんてできるわけはないのだけれど、でもいつかこうなってしまうのではないかという思いは、誰しも心の中にあったと思う。
なのに・・・。


どうして僕たちは止まれなかったんだ?
僕たちが三沢を殺したのか?



馬場、猪木がリタイア状態となり、日本のプロレスが停滞する中で、「四天王プロレス」という新たなスタイルを切り拓いた三沢。
三沢がいなけりゃ、日本のプロレスは20年ぐらい前に崩壊してたかもしれない。
まぁ、それは言い過ぎだと思うけど、三沢が日本のプロレス界に大きな影響を与えていたのは確かだ。
けど、三沢が切り拓いた道はあまりに危険すぎた。
ボロボロの身体では到底進めない道だった。


これからのプロレスはどうなるのだろう。
もうわからない。

けど、これが僕たちNOAHファンの背負った罪だというなら、プロレスを、NOAHを愛し続けることでしかその罪は消えないのだろう。







三沢さん。ごめんなさい。けど、本当にかっこよかったし、大好きでした。ゆっくり休んでください。あなたが残したものは決して忘れません。
ありがとう、さようなら。